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店長とチーフのバイク歴

スタッフ一同、こんな思いで毎日仕事しています。

一般的にオートバイ屋さんは「オートバイを売る」事がお仕事です。しかし、私たちの本当に大切なお仕事は、お客様が、安全・安心・楽しくバイクライフを送れるように、お手伝いさせていただく事が大切なんです。だから、私たちスタッフ一同は、お客様のバイクライフを完全にサポートできるように、毎日努力しております。


店長とチーフのバイク歴はめちゃくちゃです。おもしろいから読んでみてね!

後半はお店のヒストリーのご紹介です。


15歳で、初めて知り合いの「カワサキ Z750ーD1」にまたがり、全身に電気が走ったように、何か力が湧いてきて、勉強そっちの気で、バイク雑誌を読みまくる。





16歳の時、店長が自宅のおふくろが買い物用に使っているスクーターを乗り回し、 あげくの果てに事故を起こし、初めて救急車に乗る。このころはまだ、ヘルメットをかぶらなくて良い時代でしたので、マジで死ぬ思いをしました。そして、死ぬほど怒られました・・・。双子の兄弟(チーフ)と一緒に工業高校へ進学と共に、念願の原付免許を取得して、ガソリンスタンド・鉄工所でのアルバイト代を貯めて、「ヤマハ MR50」の 新車と「ヤマハ TY50」の中古車を購入。さらに、学校の授業をサボり、運転免許試験場にて、中型二輪免許を所得。





17歳の時、「スズキ ハスラー250」の中古車を購入。チーフは「ホンダ CB250N」の中古車を購入して、工業高校の仲間と毎日走り回っていました。このころ、知人に誘われてスズカサーキットを走るようになりました。ノービスライセンスも簡単に取得できる時代で、モンキー75ccのカスタムバイクから、国際A級のワークスマシンまで同じ時間枠での走行でしたよ。




18歳のころ、アルバイト先のガソリンスタンドのお客様に、「ホンダ CB500」のおんぼろバイクをもらって、レーサー仕様に改造して、サーキット走行に明け暮れる。このころ、お世話になっていたオートバイ屋の店主さんに(そんなにオートバイが好きなら、オートバイ屋になったらいいじゃん!)の言葉で自分もオートバイ屋さんを開業する事を決めました。高校3年生の暑い夏でした。26歳で開業する際に、その店主さんにあいさつに行きましたら・・・(え?まじ!!真に受けちゃったんだ!でも頑張れよ!!これからは同業者だね。困った事あったら何でも言ってこいや!)ってとっても心強かったです。






19歳のころ、自動車整備専門学校に進学して、「ヤマハ TZ125H」を手に入れる。このころ、チーフは建築関係に就職して、「ヤマハ TZ250」の新車を手に入れ一緒にスズカのノービスレースやミニバイクレースなど出場しまくってましたね。友人と一緒に、ホンダ CBX400Fで鈴鹿4時間耐久レースにもエントリーするが、バイクブームで700台以上のエントリー台数で、予選なんか通過しませんでしたよ。チーフはこのころからFRPに興味を持ち、自作でFRPのカウルを作り始めました。






21歳の時、自動車整備の仕事に就くが、すぐに退職して、三重県のバイク屋さんでの丁稚奉公が始まります。チーフは建築関係の仕事を辞めて、関東のレーシングチームでメカニックとして本格的にレース活動を始めます。
このころに店長が購入したバイクは・・・思い出せるだけ書き込めば・・・
「ホンダ DJ−1」「ヤマハ チャッピー」「ホンダ モンキー」「ホンダ ゴリラ」
「ホンダ RS125R レーサー」「ヤマハ YZ80 レーサー」「ヤマハ TZ125レーサー」
「スズキ RM80レーサー」「スズキ VANVAN125改 サイドカー」「ヤマハ GT50」
「ヤマハ MR50改 チョッパー」「ホンダ TL200」「ホンダ XL500」「ホンダ FTR250」
「ヤマハ XT200」「ホンダ XL250BAJA」「カワサキ KR250」
「ホンダ CB750FC」「ホンダ CB750Four」「スズキ GT750」
「カワサキ Z750GP」「カワサキ Z1300」・・・まだまだあると思います。
意外にカワサキ車が少ないんですよね。






25歳までの間は、バイク屋さんでの丁稚仕事でたくさんの技術を覚えて、たくさんの仲間ができました。チーフは、国際A級500ccのメカニック・鈴鹿8時間耐久レースのメカニックで全国を転戦する忙しく、貴重な時間を過ごしました後に、鈴鹿に戻り、本格的に塗装の勉強をするために自動車板金塗装の仕事に就きます。






平成2年6月
26歳の時に、店長とチーフの2人で貸倉庫にて「プレジャー」を開業します。初めは、マウンテンバイクやアウトドアのブームもあり、自転車とアウトドア用品も扱うオートバイ屋さん「カワサキ」「ホンダ」で始めましたが、3年後には「カワサキ一筋」のお店になりました。当時はエンジンのメンテナンスの仕事が多くて、常に5〜6台のエンジンオーバーホールをしていて、寝る暇もなく、24時間営業で、お店にシュラフを持ち込んで仮眠をとりながらの営業でした。お世話になった方にお送りした、新規開店のご挨拶・ご案内には、「遊びまくります!」とふざけた写真をお送りしたんですよね(笑)。







平成2年
このころは、カワサキGPZ900R(通称 Ninja)がとても人気がある車種でしたので、お店には、たくさんのNinja乗りが集まりました。







平成3年
各地で開催される、オフロードエンデューロレースやミニスーパーバイクレースに
エントリーしまくり、ほとんど毎日、筋肉痛に悩みながらの仕事してましたね。
このころは、お客さんと遊びまくっていましたよ。









平成4年
28歳ごろに、ドラッグレースに出会い、どんどん、はまり込んでいきます。アメリカまで行ってお客様が買い込んできた、15インチドラッグスリックタイヤの本格的PROクラスマシンで、日本全国のドラッグレースにエントリーしていました。日米対決レースでの4対4の日本代表になった事もありましたね。このころ、GPZ900Rのヘッドライトルーバーというカスタムパーツが大ヒットします。










平成6年
トムボーイ という80ccモトクロスレーサーのエンジンを載せたサイドカーレースにはまり、各地で行われるレースに、お客様を交えて5〜6台エントリーさせていました。








平成7年・8年
鈴鹿8時間耐久レースの決勝レース前のエキシビジョンでデモストレーションランをする。2年連続でデモンストレーションランをさせていただきましたが、ドラッグマシンのスタート前のバーンナウトというタイヤを温めるために行うホイールスピンが、路面を痛めるという事でその後は走らせられませんでしたね。






平成9年
このころから、草津温泉をはじめ、野沢温泉、伊豆、寸又峡、川湯温泉、伊香保温泉、などの温泉一泊ツーリングを開始して、お客様と「うまいもの探し」や「温泉めぐり」をして、走り回っています。






平成11年8月
九州ラーメンツーリングと称して、名古屋から福岡までの日帰りツーリングを企画。福岡の中洲の屋台で飲んでしまったため、一泊してからのトンボ返りツーリングでした。この馬鹿げたツーリングは今でも続いています。年々参加されますお客様も増えているのは、みなさん走りたりないのですかね(笑)。今は、毎年9月の恒例行事になってます。女性の参加者様もありますよ。






平成12年7月
店長が朝の通勤時に「ヤマハ ポッケ改80cc」で乗用車と出合い頭の事故を起こす。左足の大腿骨骨折と踵の粉砕骨折で入院する。お医者さんに(しっかりリハビリしないと、もう大型バイク乗れなくなりますよ!)と脅かされビビッてしまい、お医者さんの言う事をしっかり聞く。




平成12年〜15年
鈴鹿 NK4時間耐久レースなどにエントリー






平成14年6月 
今のお店にて新装開店して、カワサキ専門店ということで、「カワサキSHOPプレジャー」といたしました。「カワサキ 250TR」をベースにセパハン・シングルシートのカフェスタイルカスタムを作成し、各地で行われるモーターショウに出品しました。






平成15年
カワサキではめずらしいビックスーターで、スズキからのOEM供給により発売された「カワサキ エプシロン」をカスタムする。指紋認証システムでエンジンを始動したり、ハンドルポップアップ機能や各部が可動する装置やオートバイがしゃべる機能を装備して、当時としては近未来的なデザインで各雑誌に取り上げられる。







平成18年〜20年
カワサキKSR110のミニバイクレースに、お客様と一緒にはまる
たくさんのレースにエントリーしましたね。翌日、ほどよい筋肉痛が良い感じでした(笑)。








平成19年
「カワサキ KSR110」でミニバイクレースに出場する際に、どうせなら、他に無いカスタムマシンにしよう!っという事で、「KR1000」のミニバージョンのような「KR110 ENDURANCE」FRP製の外装キットを作成する。この外装キットを装着したマシンで スズカMINI MOTO 4耐 にも出場しました。












平成20年
「カワサキ DトラッカーX」をベースに重装備した騎士の駆る戦闘乗馬をイメージした「Destrier ディストリアー」を作成して、カワサキ カスタムコンテストで3位受賞しました。






平成22年
近隣中学校の2年生 「職場体験」 の受け入れを開始。オートバイや整備に興味を持つ若い人とお話をさせていただくと、私たちも初心に帰ります。彼らの熱い気持ちをサポートしていきたいと思います。






平成24年
林道ピクニックと称して、初心者様対象の林道ツーリングを始める。「林道走ってみた〜い」というお客様を今でもたくさんサポートしています。






平成26年
80歳オーバーの昔からのお客様(男性)からの突然の電話

じーさん (おぉぉい店長!ヘルメットって燃えるのかい?)
わたくし (え?なんで??燃えないよ!)
じーさん (おまえも知ってのとおり、わしも後が短いんだが、どうやらあっちの世界では新型車乗りたい放題らしいし、年齢も20歳ぐらい若返るらしいんだわ)
わたくし (え?そうなの??)
じーさん (向こうでヘルメット売ってないといけないから、こっちから持っていきたいんだ)(棺桶に入れてくれって聞いたら、ダメって言われてなぁ・・・。困っとるんだわ!)
わたくし (そもそも、乗りたい放題だのと聞いた方に相談したら・・・)
ばーさん (もう止めときな!店長さん困ってるやろ?)後ろで聞こえます。
じーさん (それはそうと、あっちでツーリング中にトラブル起きたら、おまえ来てくれるんか?)
わたくし (なんで俺があの世まで出張しないかんの?大笑)
じーさん (あ〜〜楽しみだ!昔みたいに単車に乗れるんだぞ!)(わしが行ったら、おまえもすぐに来いよ!また一緒に単車乗ろうぜ!)


受話器を置いてから、なぜだか涙が止まりませんでした。わたしもこんな生涯ライダーでいたいと心から思いました。そして、こんなに私を信頼していただいている事に感謝しました。




平成28年
「カワサキ Z125PRO」をベースに「カワサキ H2」のミニバージョンを作成「カワサキ h2 (エイチ ニ)」のコンプリートマシンを発売






平成29年2月
「合同会社 プレジャー」として法人化いたしました。




平成30年
カワサキ Z900RS をカスタムした「SAMURAI」の発売開始
2018年にデビューいたしました カワサキ Z900RS をベースにカスタムいたしました。
侍「SAMURAI」とは、刀を持ち武芸に長け、武士道と呼ばれる礼儀や心得の理念に基づき
主君への絶対服従という思想を持っている日本の武士を指します。
そんな、日本独特な繊細な心遣いや、刀を抜かずして勝敗を決めてしまうほどの威圧感、
捨て身で主君に仕える、侍「SAMURAI」にインスピレーションを受けてデザインしました。
新しいデザインのなかに、昔ながらのデザインを組み込んでデザインいたしました。









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